落ちこぼれでもプロバレエダンサーになった話

2020-09-20

 

こんにちは。

今日は私自身の過去のお話をしようと思います。 

 

  

落ちこぼれでもプロバレエダンサーになった話

私は5歳でバレエを始め、17歳で留学するまで、小さなお教室で本当にラッキーなことにいつも一番可愛がってもらってきました。

ですが、コンクールなどで出会う同じ世代のバレエダンサーを志す子たちの中では、落ちこぼれでした。

実際バレエコンクールでの3位以内の受賞歴はゼロだし、日本の大きな舞台に出演したことも中学校の頃ちょい役で出演したバレエ協会の作品を除いたら、いまだにありません。笑

ですが、お教室の先生方につきっきりで指導していただいたおかげで、なんとか留学することができました。

が、留学してから本当に自分が落ちこぼれなんだと気づかされます。

まず入学試験で普通、留学生は3年生から入学するのに私は2年生に入ることになりました。

マンハイムバレエ学校の1、2年生は基礎ばっかり習います。ワガノワメゾット のかなり厳しい基礎です。

早くバリエーションが踊りたいあまり、基礎を何にもやってこなかった私は先生に目をつけられ、一年目は先生が私の前から離れず、毎日怒鳴られ、ドイツ語もよくわからない上、精神的にも身体的にもかなりキツかったです。それでも先生は相変わらず鬼でしまいにはあんたは何ができるの?とまで言われました笑

クラスメイトにも、

今日も萌が怒られる日だといいなーそしたらうちら楽できるから

なんて嫌味を言われたこともありました。(思い出すと今でも腹たつ笑)

ドイツ生活2年目は、上手な日本人の子達が入ってきたので、同じような見た目で、明らかに私の方が劣ってたので、だんだん埋もれていきました笑

ディレクターが他のお気に入りの子達にどんどんチャンスを与えるのに対して、私はもはや見えているのか?というくらい注目されませんでした笑

結局お気に入りじゃなかった子は全員バレエ学校を辞めていき、3年生が終わる頃にはクラスがディレクターのお気に入りプラス私、みたいな状況になっていました。

4年生になった時、学校公演のバレエの演目にクラス内で私だけ外されました。

4年生になるとバレエ団のリハーサルと公演にも参加するのですが、結局私だけリハーサルには行かされるけど一度も舞台に立たせてもらえないまま終わりました。

たまに理不尽な理由でキャストから外されたりもしましたが、もう学校内はディレクターのお気に入りになることが全てだったので、それに失敗した自分の自業自得でした。

みんなが、あーバレエ団のリハ行きたくない、だの学校公演めんどくさいだの言っているのが本当に辛かった。自分はキャストにすら入っていないわけですから笑

4年生の中盤を過ぎたあたりからもう学校に諦めがついたので、もう一年学校に残って博士号を取るという選択肢もあったのですが、もう卒業しようと決めて

オーディションを始めました。

もしこれで卒業までにどこも就職できなかったらバレエはやめようと考えていました。

今までバレエ学校の中の世界しか知らなかったので、外にもっと出てみようと考え始めました。

いろいろのバレエ団にオーディションに行ったり、クラスを受けに行ったりするうちに、自分はなんて狭い世界で苦しんでいたのだろうと思うようになりました。

いろいろな表現方法、そして実際にバレエ学校の外、プロフェッショナルの世界で求められているものがだんだんわかるようになり、

相変わらず学校ではゴミ生徒でしたが、笑

勝手に自分の中で自信がつきました。

他のみんなと同じように完璧な5番ポジションをし、完璧なテクニックをこなすことなんかよりも、以下同文でいることよりも、

自分でいること、自分のカラーを持っていること、これがプロフェッショナルの表現者として、芸術家として何よりも大切で求められていることだということに気がつきました。

 

今までもう自分は踊るなと言われていたような状況だったのに、いきなり希望が見えたので自信がついたのと同時にワクワクが止まりませんでした。

ですが卒業までに就職は決まりませんでした。

一度はもうやめようと思ったバレエ、

ですがやっぱり大好きで、やっぱりどうしても諦められなかったし、

負けず嫌いなので、ディレクターを見返してやろうとも思いました。(これ多分一番大きかった笑)

その後

マンハイムバレエ学校を卒業し、小さなプライベートスクールに行くことにしました。

なぜなら自分が育ってきた環境が、元々小さなバレエ教室だったので、きっと自分は大きなバレエ学校やカンパニーでバチバチするよりも、小さなアットホームな環境でのびのびとやらせてもらった方が成長できるはずと思ったからです。

この時、バレエ学校を自分で探し、直接校長先生とお話しし、かかる費用を計算し、マンハイムにいた時より費用が高くならないように安い家賃の部屋を自分で一生懸命探し、親を説得させました。

 

そこでは、熱心に指導していただきましたがそれと同時に、自由にもさせてもらいました。

私のオーディションのプランを優先してくれて、たくさんのカンパニーを見に行くチャンスをくれました。

私の夢が、バレリーナになることから、人に何らかのインプレッションを与えられる表現者になることに変わりました。

そんなこんなで、ずっと諦めずにオーディションを続けて卒業してから半年経った頃、今のバレエ団でゲスト契約をもらい念願のプロとしてのキャリアをスタートさせることができたのです。 

 

 

私が子供の頃からずっと信じていることがあります。

それは強く願ったら必ず叶うということ。

本当に強く願ったらどんな努力も惜しまないはずだし、絶対に諦めないはず。

結局諦めなかった人が強いんです。

それから自分をもっとよく知ること。成長できない環境でいくら努力したって自分の首を自分でしめ、せっかくの可能性を潰してしまいます。

 

これからバレエダンサーを目指す人たちには、

正直言って、努力と根性のみでは難しいこともあります。

それでもどうしてもどうしてもどうしても叶えたいのなら、絶対諦めないで、

息詰まったときは同じゴールに違う道から行くこともできるんだよということを心にとめておいて欲しいです。