こんにちは。

今日は前回書いた記事、

私がバレリーナを目指すまで

の続きです。

 

 

小学校を卒業し、中学校に入学した私は、

クラシックバレエのお教室にほぼ毎日通うようになりました。

ずっと憧れていたバレエはできると思って本当に嬉しかったのを今でも覚えています。

中学1年生の頃、初めてポアントを履いてコンクールに出ました。

踊ったのはキトリ3幕のヴァリエーション。本当に嬉しくて楽しかったです笑

が、モダンのコンクールに出てたときの方が成績がよくとても落ち込みました😅

次の年にはパドドゥをやらせてもらったり、またコンクールに出たり。

小さなお教室だったので先生方にとても可愛がっていただき、たくさんのチャンスを与えてくださいました。本当に感謝してもしきれません。

この時は本当に朝から晩までバレエが上手くなりたいと言うことだけを考えていました。

部活もやらず、友達とも遊ばず、本当にバレエ一筋。

 

中学校3年生の頃は受験勉強をしなければなりませんでしたが、お稽古は全く減らさず、空き時間を全く無駄にしない超ストイック生活を送って、無事いきたかった神奈川総合高校に合格しました。(私はずっと留学したかったので国際化コースにいましたが、今年から舞台芸術コースができたそうです)

この時もしこの高校に合格しなかったら高校には行かずバレエだけに専念するつもりでしたが、高校入っておいて本当によかった。高校の友達は今でもずっと仲良くしています。私の人生に欠かせない人たちです。

 

こうして無事入った高校ですが、私は入学当初から卒業する気はなく、

高校生になった歳から留学を目指して動いていました。

毎日学校からバレエスタジオに直行し、

お稽古がない日は欠かさず自習をし、

夜遅く帰ってきてそこから学校の宿題やテスト勉強をし、

本当に休んでいる暇がなく、毎日移動中のバスの中では気絶していました。

Japan GrandPrix やYAGPなどの大きなコンクールでスカラシップを目指して練習に励んでいましたが、入学許可しかもらえず、両親からはスカラシップか授業料無料の学校にしか行っちゃダメと言われていたので、コンクールでもらうのはもう無理かなーと諦めていました。

が、バレエ学校の留学説明会などに参加しているうちに、ドイツの国立バレエ学校なら授業料がかからないと聞きました。

 

そこからドイツ中の国立学校を調べていたところ、

エデュケーショナルバレエコンクールがマンハイムバレエ学校への入学許可とスカラシップを出していると言うのを見つけました。

が、なんとコンクールの締め切りが数日過ぎていて、コンクールはすでに数週間後。

今年はもう無理かなーと一瞬考えましたが、

やっぱり諦めきれず、

主催者の方に直接電話をかけ、マンハイムバレエ学校にいきたいので、コンクールに出場させてくださいとお話ししました。

そしたら快くエントリーさせてくださったので、

今度は私のお教室の先生に連絡をしました。

先生も承諾してくださいましたが、ちょうどその時期はお教室が長期休みだったので、

一人でヴァリエーションを2曲練習し、

一人でコンクールに行きました。

 

コンクールは本当に今世界で大活躍しているダンサーがたくさん出場していました。もう来たことが恥ずかしいぐらい。

舞台でお手つきをすると言う大失敗もしましたが、ギリギリ上位に食い込み、

なんとか表彰台に乗ることができました。その表彰式にいたのがマンハイムのバレエ学校の校長先生です。

私は絶好のチャンスだと思ってそこで校長先生にどうしてもあなたのバレエ学校に行きたいです。とお話ししました。

 

そしたら校長先生は明日ワークショップに来なさいとおっしゃってくださったので、私は次の日行われたワークショップに参加しました。

 

そこで、マンハイムのバレエ学校の入学許可をいただき、無事留学が決まりました。

 

今思うと行動力とやる気がすごい笑

でも私は決して優等生バレリーナではなかったので、このぐらいしないとダメだと言うのはずっと心の中にありました。

 

本当に欲しいものは、人からの指示を待つのではなく

自分から絶対にとりに行かなくちゃダメです。

私は才能がないから、

と諦める前に

本当に本当にやりたいのなら、

自分の足で動くことが

とっても大切だと思います。